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2016年7月の投稿

2016年7月31日 (日)

あさがお (暑中お見舞い)

YOMIURIのお絵かきが終了したあと、お絵かきは「シェイプアートサロン」に掲載されるようになりました(なぜか?リンクが出来ません) 。 2回目の7月は朝顔でした。1回目はお花の枠で使用した図形の記載のみでしたが、今回から詳しい書き方の手順が載っていました。
手本を元に描いた朝顔と、数年前のパーツを組み合わせて、暑中お見舞いに仕上げました。Photo

花の色を5色にし、花芯の星を追加しましたが... 
足さない方が良かったね。         
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我家のグリーンカーテン(朝顔)はまだあまり咲いていないので、朝顔の簾にしてみました。
このぐらい咲いてくれるといいね。
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2016年7月23日 (土)

百合の開花 その4

我家の今年最後の百合が咲いています。

黄かのこ 
12年目。大型菜園プランターに纏めて植えてあったものを、去年の秋、何年かぶりに植え替えて、鉢数が増えたので、家の裏にも並べました。北側の方が花もちが良いかも。      
  
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種から育てた 新てっぽうゆり(オーガスタ)
2011年10月に20粒の種を蒔き、2013年7月に1株1輪が開花。20粒の中のたった1粒が開花したのです。その後、株数と花数が増えたり減ったりしながら、毎年開花し、今年で4年目。開花2年目に栽培記録を纏めました。
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先日、百合に来ていた蝶の羽の模様がちょっと いつもとは違っていました。蛾のようにも見えるけど、しじみ蝶よりは大きく、普通に見かける蝶の大きさでした。 きょうは珍しく、赤とんぼ?がきていたので、撮ろうと思ったら、トンボは素早いね。逃げられました。蝶より高く飛んでいきました。       
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そろそろ 今年の百合も終わりです。もうすっかり枯れたものもあり、これから、植替えが大変。鉢植えは毎年植え替えないとね。百合の球根は乾燥させてはいけないので、堀上げたら、すぐその場で新しい土に植え替えます。

 

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2016年7月18日 (月)

町田ダリア園

町田ダリア園は、障がいのある方が働く場として町田市が設置し、社会福祉法人まちだ育成会「かがやき」が運営し、500品種、4000株のダリアを栽培しているとのことです。
薬師池公園のハスのついでに来てビックリw(゚o゚)w  色も、咲き方も、大きさも、様々に、素晴らしい

撮った写真は紹介しきれません。ほんの一部です。   
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噴水に涼しさを感じ、ベンチで一休み、東屋もあります。Photo_31

丘陵地なので、一番奥まで上り、広大な園内を一望しました。 Photo_32

小高い所にある みどりの動物広場からも、トピアリー越しに ダリア園を見下ろせます。この他にも いくつかのトピアリーを楽しめます。Photo_33

歩き疲れてお腹がすきました。
売店のテラスで市販のお弁当をひろげている方がいましたが、売店にお弁当はなく、坂を登った所に食事できるところがあると教えていただきました。定食500円の立札。他にお客さんはなく、お店の方とお話もでき、焼き鮭の定食を美味しく頂き、帰りは、近くのバス停(北一号)の途中まで、案内してくださいました。
時折り日が射すくらいで、暑くもなく、沢山のダリアを鑑賞し、満足の一日でした。

 

 

 

 

        

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2016年7月17日 (日)

町田薬師池公園

7月16日、古代蓮が咲くとのコメントを頂いていたので、 町田薬師池公園に出かけました。町田駅は初めて。ネットで調べて来たのに、やはり、バスの21番乗り場が分かり難かった。バス停「薬師池」で下車、少し歩くと、公園の裏口へと下る道がありました。      1

誰もいない静かな木立の中を行くと水車が見えてきました。     Photo

菖蒲田があり、 咲き残りの一花が淋しそう... 
キスゲのような花がさいていました。         Photo_2

薬師池は戦国時代に城主(北条氏照)から許可をもらった農民たちが農業用水池として十数年かけて開拓したとのこと。その後、噴火などで、二度も土砂に埋まり、堀り直したそうです。現在、薬師池にはタイコ橋が架かっています。
この辺りからちらほらと人影が見えてきました。   Photo_3

橋を渡ってしばらく行くと、お目当ての蓮田ですが... あまり、咲いてないみたい。Photo_4

昨年の7月12日に行田の古代蓮を見に行った時は、見頃だったのですが、今年は遅いのか?場所が違うので分かりませんが、ここの蓮はまだ、ちらほらです。この大賀ハスは千葉県検見川遺跡で2000年前のハスの実三個を発掘し、そのうちの一個が発芽に成功したもので、発掘した故大賀一郎博士と縁故のある町田市内の円林寺と故柏木常吉氏から根分けしていただいたものだそうです。                 Photo_5    

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近くにダリア園があり、歩いても行けるとのことで、道を教えていただこうと薬師池の方に戻りました。薬師池の奥のほうにスイレンの池がありました。 Photo_11   

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ダリア園への道はよく分からず、パンフレットの略図を参考に、歩きました。途中、丁寧に教えて下さる方に出会って助かりました。遠回りしたようですが、鎌倉古道があり、石碑と井戸がありました。                       Photo_14

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ここから5分でダリア園に着きました。
パソコンの動きが悪いので、ダリア園は次回に...

    

 

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2016年7月 6日 (水)

嬉しくて、寂しかった日

7月6日、NHK学園主催の所沢市武蔵野俳句大会が開催されました。深見けん二先生と、西村和子先生の対談「師を語る」と、4人の選者(対談された二人の先生、鈴木すぐる先生、井上康明先生)による選評、表彰、の後、当日句の特選・秀作の発表がありました。私の一句が二人の先生の秀作に、もう一句が、佳作に入選しました。諦めていたのに、二人の先生の選に入って嬉しかった。当日句は残念ながら落選です。

所沢市民文化センターで開催され、2階席の右端でした。残念 というか寂しいというか、対談も、選評も、私には聴き取れませんでした。補聴器をしていても、このような場所ではダメだと痛感しました。まだそんな齢ではないのに、困ったものです。

はじめて育てたダリアと、毎年欠かさずの向日葵が咲きました。
ダリア(太陽の花火)です。(満月の花火)は未だ咲きません。
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向日葵、今年は、ゴーギャン・サンタスティック・小夏と3種類の種を蒔きました。
最初に咲いたゴーギャンです。
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2016年7月 2日 (土)

山口観音~多摩湖・狭山湖

狭山不動尊 桜井門を出て、お隣の山口観音へ・・・
山口観音は吾庵山金乗院といい真言宗のお寺です。奈良時代の僧行基が建て、弘法大師が龍神に祈念し、霊泉を得たとのいい伝えがあります。 

仁王門
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義貞霊馬堂                              
新田義貞公が鎌倉攻めの際に戦勝祈願を行い、後に自らの愛馬を寄進したとのことで、木造の白馬が祀ってあり、その後ろに、沢山の馬を彫った零木がありました。
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閻魔堂                        Photo_3

本堂 
御本尊は千手観音です。本堂の天井には墨絵の「鳴き竜」が描かれてとか...    
本堂の廻りにマニ車(円筒形の金属の表面に真言が梵字で刻まれている)があり、一回まわすと、経文を一回唱えたのと同じご利益があるとのこと。108個あります。プレイグベル(祈願用の鐘)と書かれていました。
本堂の裏側には裏観音(ご本尊と同じ形の千手観音)が祀られています。

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開山堂には ぽっくり地蔵様、
七福神堂を一回りすれば七福神めぐりができます。      Photo_16

                

五重塔                                     
小高くなった文学碑の丘を上った奥の院には五重塔あり、塔の脇に仏国窟入口と書かれた、四国八十八ケ所と西国三十三ケ所の移し霊場がありました。                     
  
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この裏の道路の向こうは多摩湖で、多摩湖一周のサイクリングロードがあり、多摩湖が見えるところまで遠くなさそうなので行くことに・・・

多摩湖
15分足らずで多摩湖が見えてきました。もう少し行こうか?迷いましたが、多摩湖は広いし、地図も持たなかったので、来た道を引き返しました。Photo_6


山口観音まで戻り、サイクリングロードから右に分かれて今度は狭山湖へ・・・
多摩湖から狭山湖まで約25分でした。
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狭山湖(正式名称は山口貯水池)は、昭和2年から9年にかけて築造された水道専用のアースフィルダムで、当時の先端技術を駆使して築造された貯水池は、平成7年に発生した阪神・淡路大震災を教訓として、より強固なダムとするため、平成10年から14年にかけて世界にも例のない堤体の耐震強化工事を行い、生まれ変わりました。 (碑文の一部抜粋)

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第一取水塔  富士山が見えるはずですが、きょうは残念。
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堤防の長さは716m 、向こうの端までを往復しました。
鏡のような広い湖面に梅雨空が映っています。Photo_11

昔登った 奥多摩~丹沢の稜線も確認できて なつかしい!   Photo_12

ダムの反対側です。   
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下に下りるとシモツケソウなどが咲き残っていました。

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西武球場前駅の駅前に散策コースの案内版がありました。
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堤防を戻らずに、小手指駅まで歩くと1時間半ほどかかるんですね。

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2016年7月 1日 (金)

狭山不動尊

ゆり園を出て、狭山不動尊に向かう方も何人か見かけました。ゆり園からの近道を行くと、狭山不動尊の裏口、丁子門からになりますが、西武球場前駅からだと、勅額門です。

狭山不動尊は、天台宗のお寺で狭山山不動寺といいます。西武ライオンズが必勝 祈願を行う寺として知られており、開基は昭和50年。 西武グループが芝増上寺をはじめ、各地の文化財を集め、西武鉄道グループがオーナーであった堤義明と親しかった寛永寺の助力により建立したとのことです。 新しいお寺なのに、重要文化財がいくつもあって、ビックリです。案内版によると、移築されたものでした。

勅 額 門とは天皇直筆の額を賜(たまわ)った門のこと。
案内板によると、元、東京芝 増上寺の徳川家台徳院一品大相国公(二代将軍徳川秀忠公)の御廟に建立されていたもので、三代将軍家光公が孝養報恩の志をのべたいと建立したもので、国指定の重要文化財になっているとのことです。門の前には西武プリンスドーム・・・、石段を上った先に見えるのは御成門。                         
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御 成 門とは大名家や寺院などで、貴人を迎えるために設け た門のこと。
案内板によると、増上寺の徳川家台徳院(二代将軍徳川秀忠公)の御廟に建立されていたもので、飛天(仏教で諸仏の周囲を飛行遊泳し、礼賛する天人)の彫刻や絵画が多く描かれており朝鮮渡来の天人門といわれている。三代将軍家光公が建立し格天井の中央に丸い鏡天井が設けられ珍しい特徴を伝えているとのこと。   Photo_2Photo_3

総 門
(案内板より) 元 長州(現在の山口県)藩主 毛利家の江戸屋敷に建てられた門である。素材はすべて「けやき」で造られ、直線がたくみに組み合わされており、いかにも武家屋敷の門にふさわしく表現されている。清廉豪快で質素な中にも威風堂々としており、気品も高く、めずらしい門である。
総門を入った右手に古代蓮が咲いていました。Photo_5

総門と本 堂
京都東本願寺から移築した本堂は、2001年、不審火により焼失し、その後に建てられた本堂です。本堂だけが現代的な感じ、御本尊は不動明王。
    
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境内 塔は第一多宝塔
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丁 子 門
(案内板より) 元、東京芝 増上寺の徳川家崇源院霊牌所の通用門として 三代将軍家光公が建立したもの。 崇源院は二代将軍徳川秀忠公の夫人で 大閣豊臣秀吉の側室淀君の妹にあたる。国指定の重要文化財になっている。Photo_6

多 宝 塔とは、円塔形の塔身に方形の屋根をのせ、塔身のまわりに、ひさしを設けたものをいう。一般の塔が元来釈迦の墓を意味したのに対し多宝塔は大日如来をまつり、平安時代高野山に建てられたのが始まりとのこと。(案内板より)
境内に二つの多宝塔が建っていました。
右が第一多宝塔、左が第二多宝塔
第一多宝塔は大阪府高槻市の畠山神社に建立したものが移築されたとのこと。埼玉県の有形文化財に指定されている。
第二多宝塔は、兵庫県椅鹿寺の建立したものが、移築された。(案内板より)Photo_7


第二多宝塔を左に下ったところに建つ康 信 寺
元々は、孔子廟として建立されたものとのこと。
現在は『清浄院釈康信』という堤康次郎(西武グループ創設者)の戒名から康信寺と命名されたようです。   
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弁 天 堂
滋賀県彦根市の清涼寺に建立されていたもので、、ここに移築された後、弁財天をお祀りしたとのこと。御本尊の弁財天は、上野不忍池弁天堂の御本尊、大弁財天の分身として、寛永寺山内の現龍院にお祀りされていたとのこと。(案内板より)
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大 黒 堂
柿本人麻呂のゆかりの地、奈良極楽寺境内に建立された人麻呂の歌塚堂である。当時の歌人達が歌会を開いた堂宇であると伝えられている。移築された後、大黒天をお祀りした。(案内板より)

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羅漢堂山門
虎の門 元 田中平八郎邸より移築したもの。氏は天下の糸平といわれた生糸商人で有名である。(案内板より) 山門だけと思ったら、柵の向こうに羅漢堂と唐金灯籠があったんですね。柵の中を覗かなかったのがちょっと残念。
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鐘楼堂
元は奈良県の興福寺から京都府の高田寺鐘楼として移築され、それを再移築したようです。
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桜井門
奈良県十津川の桜井寺の山門として建立されたとのこと。
桜井寺は幕末天誅組本陣として利用されたこともある。(案内板より)
門の参道に並んだ石灯籠も芝増上寺から移転されたようです。Photo_4

桜井門を出て、正面の道路ではなく、左の道を進むと山口観音です。正面の道路の向こうはもう狭山湖です。一緒にと思ったけど、もう眠くて眠くて... また、次回に...

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