« 2012年4月 | トップページ | 2012年6月 »

2012年5月の投稿

2012年5月26日 (土)

奥の細道を訪ねて 第2回 草加~大神神社(2)

『おくのほそ道』の記述では、第1日の宿は漸く辿り着いた草加ということになりますが、『曾良旅日記』では粕壁(春日部)泊まりの記述になっています。芭蕉の健脚(1日平均10里)からすると千住から2里の草加ではなく9里の春日部ということになるようです。『おくのほそ道』は事実の旅とは異なる、文学的空間構成と文学的時間意識がはっきり出ている(NHK講座テキスト参照)とのことです。春日部には芭蕉が泊まったと伝えられる寺が2つあり、一つは東陽寺でバスの車窓から見ました。もう一つは小渕観音院です。
小渕観音院(こぶちかんのんいん)  別名「こぶとり観音」とよばれ、あざ取り、いぼ取り、こぶ取りに霊験があるとか。私の肌のシミ取りは? 仁王門は元禄年間に建てられ、春日部市最古の楼門だそうです。仁王様はかなり傷んで、これから修復するのでしょうか?

Photo_8
ここにある芭蕉の句碑 
「ものいえば唇寒し秋の風」 この句「人の短をいふことなかれ己が長をとく事なかれ」と教訓のように見えますが、芭蕉の心は秋の情景の自然な感想を詠んだものとも聞きます。『おくのほそ道』で詠んだ句ではありません。
Photo_9
春日部から小山市の野木神社に行きました。
拝殿
Photo_10
拝殿の裏に本殿があり、本殿の屋根はそのまた上に造られた屋根に護られていました。
Photo_15参道は歩きませんでしたが長い参道で三の鳥居まであるようです。Photo_17境内には3本の名木があります。
大公孫樹
Photo_13
けやき
Photo_12鳥居の脇にはおがたまの木がありました。1円玉の裏にデザインされている木ですね。
Photo_14
「一疋のはね馬もなし河千鳥」の芭蕉句碑
千鳥足というのは、馬の足並みが乱れて、ばらばらと千鳥が飛ぶような音をたてることで、足が左右にぶれて乱れる様子。酔っ払いの千鳥足はここからきているとのこと。遊水地の千鳥を見て、千鳥足というが足並を乱す跳ね馬など一匹もいないという句意。この句はじめて知りました。作られた年代も?芭蕉の句ではないかも?とのことですが芭蕉の可能性は大ということです。
Photo_16

法音寺 このお寺も野木町にあります。今まで参拝は無料でしたが、昨日から一人200円になったと歴史ガイドさん。ここはクラブツーリズムで払いますとのこと。この寺にも芭蕉の句碑があります。「道の辺のむくげは馬に喰われけり」 この句は『野ざらし紀行』の旅の途中で東海道の大井川を渡る際に詠んだ句で、石碑の脇にある説明書に「道ばた」は諸本は「道のべ」とする。曾良日記によると3月28日に野木を通過し小山市間々田に泊まり、翌日間々田を出たことが分かる。とありました。
クリックで拡大します
Photo_18
たらようの木 この木の葉の裏に文字を書いて手紙にしたので、郵便局などによく植えられているとか...

Photo_19
泉龍寺 「乙女不動尊」とも。ここの地名は乙女、流れている川は思川。良いですねぇ。
Photo_20
Photo_24
句碑は深川で詠んだ「川上とこの川下や月の友」
Photo_25

最後はいよいよ歌枕の地、室の八嶋です。
大神神社(おおみわじんじゃ)の境内に室の八嶋があります。
Photo_26Jpg
室の八嶋 この神社に祀ってある木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)が一夜で懐妊したため、夫であるににぎの命から貞操を疑われたので、「不貞で出来た子なら焼け死んで出産できないはず」と誓約(うけい)をし、出入口を土で塗り込めた産屋(無戸室・うつむろ)に入って火を放ち、燃え盛る炎の中で、無事に彦火々出見尊(ひこほほでみのみこと)がお生まれになった。と古事記のお話を曾良が芭蕉にお話しした。またこの地では焼くと人を焼く匂いがするという このしろ という魚をたべることを禁じているとも。
現在は池の中に小さな8つの島とそれを結ぶ橋が造られ、浅間神社など8社が祀られています。
Photo_27Photo_28
Photo_29Photo_30句碑 「糸遊に結びつきたるけふりかな」 この句は『おくのほそ道』の本文に記載はないが、この旅路で詠んだ句であるとのこと。
クリックで拡大します
Photo_31

| | | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年5月24日 (木)

奥の細道を訪ねて 第2回 草加から大神神社へ (1)

5月20日奥の細道を訪ねて第2回は草加~室の八嶋でした。
草加と言えばお煎餅。草加せんべいの発祥地です。石碑の解説板によると、日光街道の草加松原に旅人相手の茶屋があり、そこのおせんさんが作る団子が評判でしたが、売れ残ったのを川に捨てているのを見た武者修行の侍が、団子をつぶし、天日で乾かし、焼餅として売ってはと教えたのでその通りにしたのが始まりだそうです。石碑の右に立っているのは煎餅を焼く箸だそうです。
Img_8302
『おくのほそ道』に「其の日、漸(やうやう)早加(さうか)と云ふ宿にたどり着きにけり」との記述があり、草加市では『おくのほそ道』に関するシンポジウムや講演会などを開催しているようです。
草加宿と書かれた常夜灯の向こうに曾良の像がありました。写真がはっきりしませんが、右手で芭蕉像の方向を示し、左手に矢立てを持っています。像の裏には『おくのほそ道』の原文で曾良のことが記されています。Photo_3Photo_4旧日光街道を隔てて札場河岸(ふだばがし)公園があり、入口に芭蕉の銅像があります。江戸の方を振り向いているのでしょうか。Photo_7

札場河岸とは綾瀬川沿いに設けられていた船着場のひとつです。草加を詠んだ子規の句碑がありました。Photo_8

札場河岸公園の望楼(遠くを見渡すための櫓)に登ってみました。靴を脱いで登ります。

Photo_7

望楼の上から見た矢立て橋。ここから綾瀬川沿いの草加松原遊歩道を歩きました。約1.5キロにわたっる松並木で、634本だそうです。スカイツリーの高さと同じですね。

Photo_5

矢立て橋↓ 太鼓橋風の歩道橋です
(白い枠の付いた写真は全てクリックで拡大します)
Photo_9
足元はPhoto_13橋の上からみた草加松原
Photo_10

松尾芭蕉文学碑Photo_11
水原秋桜子が草加を詠んだ4句のうちの1句「草紅葉草加煎餅干しにけり」 句碑の周りは草紅葉ではなくシロツメクサとニワセキショウが咲いていました。Photo_14

日本文学者ドナルド・キーンさんは芭蕉の研究にも長けていて芭蕉シンポジウムに訪れた記念の植樹がありました。
Photo

百代橋 『おくのほそ道』 冒頭の一節「月日は百代の過客にして、行きかふ年も又旅人也」にちなんだ橋名です。
Photo_15

草加松原北端 ここで松原はおわりです。
Photo_16

バスに戻る途中、建物の壁にこんなものがありました。Photo_17バスで春日部に向かいました。続きは次回に...

| | | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年5月19日 (土)

5月句会

5月17日句会がありました。相変わらず間際になっての作句で推敲も不十分なままの投句でした。
塩釜港から松島に向かう船から見た鯉のぼりPhotoこいのぼり つらなるみなと しゅっこうす

陸中宮古休暇村の朝の散策で出会った片栗と黄すみれ。黄すみれはネットで調べると関東以西に分布と有りましたが、これも黄すみれだと思います。Photo_2ひとかぶの きすみれうみを みつめゐし

Photo_7かたくりの ほこらしげなる はなのそり

NHK学園の奥の細道を読む講座の受講をはじめました。
この写真、小さな小さな柿の実が出来ます。秩父に行った夫が拾ってきた実を蒔いて育てました。Photo_4かきわかば  しょかいレポート とうかんす

| | | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年5月13日 (日)

リムナンテス咲きました

Photo_4
作秋10月8日、10号平鉢に種を蒔き、1週間ほどで発芽しました。
Photo_2
種まきから15日目、本葉が出たので20個のポットに移植しました。Photo_1011040228
軒下で冬を越し、3月21日から定植しました。ポットから抜くと根がしっかり廻って遅すぎたかな?もっと早くすれば良かった。仕事から帰ってからの作業なので4日ほどかかりました。
Photo_12
単独植え4鉢と寄せ植え5鉢作りました。寄せ植えはビオラ+ネモフィラ+リムナンテス、ネモフィラ+リムナンテスです。
Photo_13
伸びた葉に隠れて蕾が見えてきました。Photo_19Photo_15
咲いてみると、やはり単独植えの方が綺麗です。寄せ植えはお互いに邪魔し合っているようで見た目があまり良くない。(ビオラ+ネモフィラの寄せ植えは大丈夫でした)
単独植え(5月6日撮影) クリックで拡大します
2
寄せ植え(5月8日撮影)  クリックで拡大します
Photo_20
もうそろそろ花も終ります。蕾から種が出来るまで、全て5月7日の撮影です。
クリックで拡大します
Photo_21












| | | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年5月 8日 (火)

三陸路を訪ねて (3日目)

5月1日、休暇村 陸中宮古に「姉ヶ崎自然の小径 散策マップ」が有ったので、朝食前に30分コースを散策しました。海の眺めが良く、カタクリ、菫など可憐な花がさいていました。写真はクリックで拡大します
Photo
姉ヶ崎展望台から
Photo_2
姉ヶ崎はウミネコ、ウミウの繁殖地とのこと。遠くてはっきり撮れませんでした。
Photo_3
浄土ヶ浜展望台から。案内板の写真と比べると日の出漁港が津波で破壊されているのが分かります。
Photo_4
日の出漁港、手前が潮吹穴の場所
Photo_5

8時半、休暇村を出て浄土ヶ浜へ。パンフレットによると、300余年前に霊鏡和尚が「さながら極楽浄土の如し」と感嘆し「浄土ヶ浜」と名づけられたそうです。海水の美しさも一際で、『日本の快水浴場百選』に選ばれ、全国12ヶ所しかない 特選 の評価を与えられているそうですが、トンカチで泳げない私には関係ないか...。
津波の被害で通行出来ず、ボート乗り場だけです。私も写真を貼ってみようかと白い扁平な小石を探して拾いました。
Photo_21
ボート乗り場から
3jpg
遊覧船(約40分)に乗りました。遊覧船から見た浄土ヶ浜
Photo_8

Photo_9
姉ヶ崎
Photo_10
林の向こう、白い建物が休暇村です。
Photo_11
ローソク岩(左)と潮吹穴(右) どちらも国の天然記念物に指定されています。
Photo_12
月山 よく知られている出羽三山の月山と同じ名前ですね。
Jpg
日出島
Photo_13
船からの眺め
Photo_14
Photo_15
Photo_16
美しい景観の中にも津波の被害を受けた所が沢山ありました。
浄土ヶ浜大橋  橋の下に浜に伸びていた道路が破壊されています。
Photo_17
木が茶色になっているのは潮を被ったからだそうで、ここに限らずどこも皆同じです。
Photo_18
Photo_19

震災で甚大な被害を受け、完全な復興にはなっていませんが、美しい浄土ヶ浜を見ることができました。 今まで東北は山ばかり、東北の山が好きです。修学旅行の松島以外ははじめてのところばかりでしたが、今回三陸も良い所だと知りました。 帰る私を岩手山が見送っています。 三陸路、また来ます。
Photo_20



























| | | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年5月 6日 (日)

三陸路を訪ねて (2日目)

4月30日、2日目は被害の大きかった場所を廻りました。義援金と生協で支援金付きの食品を継続して買う以外、ボランティアに参加することもなく過ごしてきた私がここで被災地の写真を載せてもいいか?躊躇いました。でも、その地に立ったということで、決して忘れることはない。これから何か出来ることがあればさせて頂きたいという思いでアップしました。
休暇村気仙沼大島の朝、昨日は真っ暗で分からなかったけど窓から海が見えました。
写真は全てクリックで拡大します
Photo
田中浜です。朝食前に1時間ほど散歩しました。
Photo_2
高台にある休暇村からすぐ下の海岸へ降りると、体験四阿がありました。水道の蛇口が並びキャンプ場ですね。
Photo_3
ここから海を見ると
Photo_4
瓦礫の山に行くと材木・車・陶器・衣類・家電等々きちんと仕分けされていました。材木も大・中・小と分かれ、ここまでするのは大変なことだったと思います。置物などが瓦礫の山の前に飾るように置かれてあるのを見ると心が和みます。
Jpg
遊歩道があった所かしら? このような楽しげな道を海を見ながら散歩したんですね。
Photo_5
展望デッキ。作業の方達が休憩に使っているのでしょうか?
Photo_6
1日も早く復興し、子供たちの元気な声がこの浜に戻ってきますように...

船で気仙沼に戻り陸前高田へ向かいました。
またカモメと遊びました。手に持った海老せんを取るカモメの早いこと、その瞬間は撮れません。カモメは嘴で取るけど、鳶は脚で取るから爪で怪我をしないようにとのことです。
Photo_7
奇跡の1本松。近くまでは行きませんでした。
高田松原といって7万本の松の木があった所ですが、その1本だけが残り、見る人に勇気と希望を与えています。残念ながら根が塩で駄目になっているようですが、クローンが育っていると聞きました。
Photo_8
車窓から見た陸前高田。この記事を書きながら、写真の整理をしていると涙が溢れてきます。復興の道のりは未だ遠いと感じます。
3
Photo_9
中学校でしょうか?桜の中に仮説住宅がみえます。他の地区でも沢山の仮設住宅を見ました。1日も早く元の生活が出来ますようにとお祈りいたします。
Photo_10

碁石海岸(大船渡市) 20分程の散策です。桜がきれい!いかせんべいも美味しかった。3種類有り、いかすみがいばん美味しかった。
Photo_11

現地専門ガイドによる説明は釜石の予定でしたが、大槌町になりました。
ここの被害も甚大、町長と40名(私の聞き違いでなければ)約4分の1の職員さんが亡くなられ、復興の遅れをとったそうです。
町役場です
Photo_12
お線香もお花も供えず、黙とうだけしていただければとのことで黙とうを捧げました。
公民館です
Jpg_2
震災前の公民館
Photo_13
ガイドさんが二つの時計の針に注目して下さいと、左が町役場、右が公民館です。地震が発生したのは14時46分でした。
Photo_31
大槌病院
Photo_14
写真中ほど、山に向かう白い手すりのある段々があります。そこを避難していったそうで、高齢の方とか大変だったと思います。
Photo_15
残っている建物はほんとに僅か
Photo_16
Photo_17
耳が遠くて聞き取れなかったことが多く残念!説明して下さった方は若い二人の女性でした。主に説明した下さった方は震災時は千葉に住んでいて、4日間ご両親とお姉さんに連絡できませんでしたが、その後親戚の方から無事でいるとの連絡があったそうです。「皆さん泣かないで下さいね。私たちは前を向いて頑張っていますから..皆さんも前を向いて元気でね、、、」と言って下さいました。お二人のガイドさん有難うございました。復興したこの町にまた来たいと思います。

今回の一番北は、陸中海岸国立公園の北山崎です。今まで全く知りませんでしたが断崖絶壁の景勝地です。
Photo_18
このツアーには三陸鉄道島越駅再建の支援金1人1000円が含まれていましたが、ここでその記念品(ハガキ2枚&北山崎の写真を貼った小石)と記念乗車券(再開した小本駅~宮古駅)を頂きました。嬉しいけど、僅かばかりの支援金でこんなにまでして頂くなくてもと思います。島越駅は平成26年3月に完成予定だそうです。
Photo_19
ハガキ
Photo_21
Photo_20

バスで島越駅まで戻りました。駅は津波で全てなくなり、宮沢賢治の詩を刻んだ碑だけが残っていました。
Photo_22
Photo_23
Photo_24

Photo_25
Photo_26
赤いプレートが津波の高さです。
Photo_27
Photo_28


小本駅から宮古駅まで三陸鉄道に乗車(約40分)、走行中の車内でも現地ガイドの方が写真を持って説明して下さったのですが、電車の音に消され全く聞き取れません(私だけですが)残念!
ここでデジカメの電池切れです。
きょうの宿は休暇村 陸中宮古です。
ホタテの釜めしは湯気でくもってます。写真はちょっと足りないね。
Photo_29
Photo_30

| | | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年5月 2日 (水)

三陸路を訪ねて (1日目)

4月29日~5月1日、2泊3日のバスツアーで宮城・岩手県へ行ってきました。所沢6時15分発、川越・大宮からの方と合わせて45名の参加でした。福島・宮城・岩手と車窓から見る桜は満開を迎えてきれいでした。
塩釜で下車、松島までは遊覧船組とバス組とに分かれ、私と夫は船に乗りました。
塩釜港の桜と復興市場 
写真はすべてクリックで拡大します
Photo
沿岸では沢山の鯉のぼりが泳いでいました。
Photo_2
乗船客が撒く餌にカモメが沢山群がって一緒に付いてきます。
Photo_3
松島は日本三景の一つ、きょうの海は青く穏やかでした。
Photo_4
3
Photo_5

波に削られて
Photo_6
有名な仁王島は大震災で頭が落ちてしまい修復中です
Photo_7
松島はこの地形から他の被災地よりは被害が少なかったとのことですが、牡蠣の養殖は棚が壊され、震災前の3分の1ほどだそうです。
Photo_8
福浦橋&自然公園福浦島
Photo_9
五大堂(瑞巌寺所属の仏堂で五大明王像が安置されている)が見えてきました
Photo_10
船を下りると通りの向こうがすぐ瑞巌寺(伊達家の菩提寺)になります
総門
Photo_12
参道を進むと津波到達点の立札が有りました
Photo_13
参道を抜けると大きな延命地蔵尊がにこやかに迎えて下さいます
Photo_14
本堂と庫裡(国宝)は修理中でした。本堂は塀の外から見られるように階段があり、宮城県指定記念物、紅白の臥龍梅(臥せた龍の形をしているから)が綺麗に咲いていました。
Photo_15
庫裡には展示物があり、伊達家代々のお位牌も有りました。その立派なこと!とにかく大きい!!等身大はあるか? 初めて見ました。戒名の最後に大居士神儀とあり、神儀とは神と同じ扱いとのこと
修理中の庫裡
Photo_16
こんな樹がありました。根の下がトンネルのようになっています。ここを潜って陽徳院御霊屋へ、陽徳院は正宗公の正室愛姫のことです。

Photo_17
ツアーですからもう集合時間3時半です。気仙沼港へ向かい、きょうの宿、休暇村気仙沼大島へ船で渡ります。
気仙沼が近くなると、土台だけになった家があちらこちらに見え、壊れたままの建物も増え津波の被害の大きさを改めて知らされました。
気仙沼港付近
Photo_18
大島までは船で25分位です。休暇村に着いたのは6時40分頃?部屋に荷物を置き7時からの夕食会場に
Photo_19
Photo_20
オプションで「ふかひれ姿煮」を予約していました。後から出されたので気が付いた時はすでに夫も私も半分ほど食べていました。左右のお隣さんもやはり、というわけで写真の姿煮も半分
Photo_21












| | | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2012年4月 | トップページ | 2012年6月 »