奥の細道を訪ねて 第2回 草加~大神神社(2)
『おくのほそ道』の記述では、第1日の宿は漸く辿り着いた草加ということになりますが、『曾良旅日記』では粕壁(春日部)泊まりの記述になっています。芭蕉の健脚(1日平均10里)からすると千住から2里の草加ではなく9里の春日部ということになるようです。『おくのほそ道』は事実の旅とは異なる、文学的空間構成と文学的時間意識がはっきり出ている(NHK講座テキスト参照)とのことです。春日部には芭蕉が泊まったと伝えられる寺が2つあり、一つは東陽寺でバスの車窓から見ました。もう一つは小渕観音院です。
小渕観音院(こぶちかんのんいん) 別名「こぶとり観音」とよばれ、あざ取り、いぼ取り、こぶ取りに霊験があるとか。私の肌のシミ取りは? 仁王門は元禄年間に建てられ、春日部市最古の楼門だそうです。仁王様はかなり傷んで、これから修復するのでしょうか?

ここにある芭蕉の句碑
「ものいえば唇寒し秋の風」 この句「人の短をいふことなかれ己が長をとく事なかれ」と教訓のように見えますが、芭蕉の心は秋の情景の自然な感想を詠んだものとも聞きます。『おくのほそ道』で詠んだ句ではありません。
春日部から小山市の野木神社に行きました。
拝殿
拝殿の裏に本殿があり、本殿の屋根はそのまた上に造られた屋根に護られていました。
参道は歩きませんでしたが長い参道で三の鳥居まであるようです。
境内には3本の名木があります。
大公孫樹
けやき
鳥居の脇にはおがたまの木がありました。1円玉の裏にデザインされている木ですね。
「一疋のはね馬もなし河千鳥」の芭蕉句碑
千鳥足というのは、馬の足並みが乱れて、ばらばらと千鳥が飛ぶような音をたてることで、足が左右にぶれて乱れる様子。酔っ払いの千鳥足はここからきているとのこと。遊水地の千鳥を見て、千鳥足というが足並を乱す跳ね馬など一匹もいないという句意。この句はじめて知りました。作られた年代も?芭蕉の句ではないかも?とのことですが芭蕉の可能性は大ということです。
法音寺 このお寺も野木町にあります。今まで参拝は無料でしたが、昨日から一人200円になったと歴史ガイドさん。ここはクラブツーリズムで払いますとのこと。この寺にも芭蕉の句碑があります。「道の辺のむくげは馬に喰われけり」 この句は『野ざらし紀行』の旅の途中で東海道の大井川を渡る際に詠んだ句で、石碑の脇にある説明書に「道ばた」は諸本は「道のべ」とする。曾良日記によると3月28日に野木を通過し小山市間々田に泊まり、翌日間々田を出たことが分かる。とありました。
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たらようの木 この木の葉の裏に文字を書いて手紙にしたので、郵便局などによく植えられているとか...

泉龍寺 「乙女不動尊」とも。ここの地名が乙女で流れている川が思川。良いですねぇ。

芭蕉が深川で詠んだ「川上とこの川下や月の友」の句碑
最後はいよいよ歌枕の地、室の八嶋です。
大神神社(おおみわじんじゃ)の境内に室の八嶋があります。

室の八嶋 この神社に祀ってある木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)が一夜で懐妊したため、夫であるににぎの命から貞操を疑われたので、「不貞で出来た子なら焼け死んで出産できないはず」と誓約(うけい)をし、出入口を土で塗り込めた産屋(無戸室・うつむろ)に入って火を放ち、燃え盛る炎の中で、無事に彦火々出見尊(ひこほほでみのみこと)がお生まれになった。と古事記のお話を曾良が芭蕉にお話しした。またこの地では焼くと人を焼く匂いがするという このしろ という魚をたべることを禁じているとも。
現在は池の中に小さな8つの島とそれを結ぶ橋が造られ、浅間神社など8社が祀られています。


句碑 「糸遊に結びつきたるけふりかな」 この句は『おくのほそ道』の本文に記載はないが、この旅路で詠んだ句であるとのこと。
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旧日光街道を隔てて札場河岸




橋の上からみた草加松原




バスで春日部に向かいました。続きは次回に...
こいのぼり つらなるみなと しゅっこうす
ひとかぶの きすみれうみを みつめゐし
かたくりの ほこらしげなる はなのそり
かきわかば しょかいレポート とうかんす




























































































苗木を植えたのが2001年2月、翌年の2002年3月に初めて花を見て、今年でちょうど10年になります。



ヒヤシンスも水仙の葉の中から頑張って咲きました。小花が集まって花穂になりますが、その小花の一つをデジタルマクロで。花穂が小さいうえに、水仙の葉に邪魔されて可哀そう、今年は掘り上げてもう少し条件の良い所に移そうかしら...








深川へ戻って臨川寺 住職さんの法話を聞きましたがガイディングレシーバーも使えなかったし、よく分かりませんでした。芭蕉が日本橋から深川芭蕉庵に引越し、この寺に近かったので、和尚さんと知り合いになり、参禅に通ったということ。親しくなって弟子を連れて訪れたりしたことなどを知りました。「芭蕉由緒の碑」は芭蕉と和尚さん・臨川寺の関係を記録したもの、「墨直しの碑」は芭蕉の墨跡を刻んで建てた石碑を写したものだそうです。





お雛様が沢山飾ってあってビックリ!桃の花も綺麗。境内には子育ての大いちょうも



































さむい寒いと言っていますが、2月5日我家の植物をゆっくりと見て回ると、チュウリップの芽が出て、いかり草の芽も見えて、クロッカスには花芽が有り、やはり立春(2月4日)でした。







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